「僕はね、あの時ウメさんが何かズルをしているのかな? そんな風に思っていたんですよ」
少し怒っているかのような、しかしどこかユーモラスな雰囲気を交えてときどはそう言った。
[伝説のワンマッチ]
『MAD CATZ UNVEILED JAPAN ウメハラ VS Infiltration』
2013年9月20日、周辺機器メーカーであるMAD CATZ社主催のイベントにおいて組まれたワンマッチ。当時、世界最強と名高いインフィルトレーション(韓国・豪鬼)に、梅原大吾(日本・リュウ)がワンマッチで挑むという図式にコミュニティは沸いた。これがときどの語る「あの時」である。
下馬評はインフィル有利。プレイヤーとしての勢いの差もあったが、何より二人の使用キャラがその予想を後押ししていた。
豪鬼とリュウ。同系統のキャラクターであるものの、ほぼ上位互換と言っていい豪鬼。それに対してリュウを使うウメハラがどう対抗するのか。そのウメハラがスパーリングパートナーとして白羽の矢を立てたのが、日本のトッププレイヤーであるときど豪鬼だった。
大一番の前日に本番と同じ10先という形式で行われた模擬戦。ウメハラ最後の調整試合で、ときどは大敗を喫することになる。
「とにかく攻撃が通らない。ダウンさせてからの起き攻めもそうなんですが、その起点になる攻撃まで通らなくなって。そしたら今度は立ち回りでグイグイ押してくる。本来はそんな展開になる組み合わせじゃないんです」
完全に見切ることは不可能。当時そのように認識されていた豪鬼の起き攻めを、ほとんど完璧に凌いで見せたウメハラはそこから攻撃に転じ、ときど相手に大差で模擬戦を終える。
「対戦しながらこんなに凌げるはずがない、ははあこれは何かあるなと思いました」
何かあるとは、厳しい起き攻めを自動的に回避するテクニックを指していた。ゲームシステムを利用した知識差を誰よりも有効に活用するときどらしい反応である。そして冒頭の「ズル」はこれを指しての言葉でもあった。
知識の非対称による格差。それは自分だけが知っている抜け道ともいえる。世の現実がそうであるように、情報の非対称による有利は格闘ゲームにおいても計り知れない。豪鬼の厳しい起き攻めに対してそんな抜け道をウメさんも発見したのだ。そう思ったのだという。
「そもそも僕はそういったもののぶつけ合いが、対戦なんだと思ってるような部分がありましたから。浅はかでした」
ウメハラ本人が試合後に配信等で語ったように、インフィルとの試合は考えられた組み立てによるものだった。当時のときどは対戦してなお、それが分からなかったのだという。
[崩れた方程式]
誰よりも早く勝ちパターンを把握し、システムに適したキャラクターを選択。タイトルのトップコミュニティに身を置いて、最先端の情報と実戦を更新し続け、そのアドバンテージで勝ち組におさまる。
90年代からトップグループで格闘ゲームを勝ち抜いてきたときどのメソッドである。しかしそれはコミュニティの発展とともに崩壊しつつあった。
ストリートファイターⅣ以後、人口流入によりコミュニティの様相は一変していく。
攻略情報は間をおかず共有され、オンライン対戦の充実により対戦環境の不均衡も大きく是正された。視聴者やスポンサーの存在がトッププレイヤーのやり込みを加速。多くの有望な新人も発掘されていく。
それまでときどが持っていた優位は、もはや特別なものではなくなっていた。
「ウメさんとインフィルの試合を境に、はっきり他のトッププレイヤーと差を感じるようになりました」
環境と知識の非対称がなくなった時にどう勝つのか。そのビジョンが欠けていた。そこからときどはプレイの改革に乗り出す。生き残るために。
[ときどの改革、ウメハラの教え]
「いろいろな人と練習しました。もちろんウメさんとも」
手探りの日々、ウメハラとの練習での気付きは多かったという。
「練習後の感想というのは個別の対処の話になりがちなんです、即効性があってわかりやすいので。
でもウメさんはあまりそういう話はしなかった。軽く扱ってるわけじゃなく、そこは考えればわかるだろうという感じで。それよりも状況の評価や全体としてどう考えるかという話が多いんです」
正直、ピンと来ない話も多かったという。それでも自分なりに消化しようと奮闘するうちに、ときどの格ゲーは更新されていく。
「ウメさんのやり方は時間がかかる。一つ一つは当たり前の行動ばかり。けれどその当たり前の組みあわせが誰にも真似のできないプレイを生むんです」
時間のかかるそういったやり方が、過酷な競争の中でも有効性を維持するのにどれほど有効か。そう実感できるようになった頃、ときどのプレイにも変化があらわれる。ストリートファイターⅤに主戦場を移してからは成績もトップレベルの安定を見せるようになった。
そして輝かしい成績で幕を閉じた2017年。EVO優勝、カプコンカップ準優勝、プロツアー獲得ポイントは2125pt(総合ランキング2位)。昨シーズンは「ときどの年」といってもいいだろう。
しかしキャリア最高の成績でシーズンを終えたときどに、わずかな心残りがあったという。惜しくも優勝に届かなかったカプコンカップがそれだ。そしてそれは意外な理由だった。
[互いの本気]
「相手も強かったし勝敗には納得しています。そもそも運が大きな要素を占める大会ですから、準優勝は望外の結果でしょう。
それはそれとして最終日に残って優勝の可能性が見えてきた時に……もしEVOとカプコンカップに勝てば、堂々とウメさんに本気で勝負してくれって言えると思ったんです。まあ準優勝でも資格はあるかな、言えるうちに言っておこうと思い直して直訴しましたけどね。来年どうなるかなんて分からないし(笑)」
本気の勝負。それは大会や練習ではダメなのだろうか? 練習のみならず二人は何度も大会上位で当たっている。
「もちろん練習も大会もお互いに本気で対戦してます。でも優先順位が違う。ウメさんの最優先は自分が強くなることなんです。でもあの試合はインフィルを倒すことを最優先にしていました。長い付き合いですが、あんなウメさんはほとんど見たことがありません」
そういうウメハラと対峙したいのだとときどは言った。そして「獣道」というイベントならば、そうなるのではないかと期待しているのだとも。
「やっぱりああいう形式だと密度は上がります。相手をどう倒すかということに集中できる。今回の日程は時期もいいんです。本格的にプロツアーが始まってしまうと、どうしても個人をターゲットにするような対戦はやりにくくなりますから」
プロツアーの大会はトーナメントであり、一日に何人もの相手と戦うことになる。幅の広い対策を優先せざるをえないのだ。
「それに自分の名を冠した大会でしょ。そりゃあ、ね」
笑いながらときどはそう言った。
[ウメハラに勝つということ]
もし勝ったらウメハラを超えたって言える? 最後にそう聞いてみた。
「……ウメさんを超えるか超えないか。うーん、そういうニュアンスの切り取られ方をすると思いますけど、自分の本音はそんなところにはないですよ。僕らはプロでこれからも競争は続いていくんだから、これで超えた超えないなんてことはナンセンスです。俺はもっと大きな部分で戦っていきたいし、あの人にとってそういう相手でありたい。
一番はあの頃の自分がどれだけ成長したのか。俺はそれを知りたい、そして納得させたいんです。自分に証明したいってことです。変われるきっかけになったのがウメさんである以上、それを証明するのにあの人以上の相手は自分にとってはいません。必ず勝ちます」
3月10日。ときどの証明、成るや成らざるや――。
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